空のうちに馳せる

 

 木陰が揺れる森の中、腰を下ろして木に寄りかかり、ぼんやりと空を見上げていた。

 いつも口うるさいほどに自分に世話を焼く連れは、今日はいない。彼――いや、“彼女”かもしれないが――なら今頃、あの店に自分の姿を探しに行っている、のではないか。彼はこの場所にたどり着くことはおそらくない。それを知っていてこの場所に来たし、その意図も知らぬまま彼は自分を探している。顔を合わせれば、また呆れながらどついてくるのだろう。今はまだ、戻るつもりはないが。

 後頭部を預けるようにして木へと重心をかけ、瞼を伏せた。風が吹き抜ける木の葉のざわめきを、上方から流れる湧き水のせせらぎを聞いていると、自分が何を考えようとしているのかが洗われるように浮き出てくる、……ような気がする。

 数刻前に湧き水で喉を潤した、今にして思えば今日の経口物はただそれだけだった。空腹を感じるかどうかで言えば、あまり感じていない。「腹が空きすぎて腹一杯だ」、などと言えば、叱咤を受けるのだろう。今はその叱咤を飛ばす者もいないが。

 ろくな食事も摂らず、誰もいない場所で、茫漠とした思考の縁に沈む。時々この、渇ききった感覚に焦がれることがある。隣に誰かがいるならばすぐさまに駄目出しをされるであろうこの欲求は今まで誰一人として理解を示さなかったし、おそらくこれからも理解を示す人物は現れないだろう。もっとも、理解されようと心底から思っているわけではないが。

 ひとりになると脳裏をよぎるのは、自分の名を呼ぶあまたの人の影だ。呆れた声、叱咤の声、笑いかける声。彼ら彼女らの存在は、おそらくは彼らが思う以上に、自分に染み込んでいる。世界の一部でしかなかったとしても、世界の一部をかたどっている彼らがいなければ、この世界はこの世界たりえない。

 特別か、路傍の石か定かではない。無二であろうと、無数であろうと、それらすべてはいとしきこのせかいに変わりはない。こうしてひとりになるたび、それを思い出す。それを思い出すためにこうしている、とも言える。息を吸うためのこの空気も世界だと、そこまで実感できたところで、緩慢に立ち上がった。

 そうだ。晴れ切った空が木漏れ日と揺らめくこんな日は、

「お任せメニューでもひとつ、頼みたいもんだな」