来賓を前に
「カヅキ。チオはちょっと挨拶してくるから、少しだけここで待っててほしい」
唐突に思い立ったように立ち上がるとそう言い残し、世界はこちらの返事も聞かずに席を外してしまった。別段、それを咎めるつもりもないが。そうひとりごちても、聞く者はいない。空間を捻じ曲げて行方を眩ませた背中を目だけで追い、すぐに眼前のデータマネージャーに視線を戻した。
「(……最近は、頻繁に席を外しているように思える)」
世界たる者が世界の中心たるこの空間から席を外す――正確には、空間を捻じ曲げて分割している――時、その先で何があるかといえば一つしかない。
世界が挨拶をする。
……すなわち、この世界に望まれた新たなる“だれか”の誕生の瞬間、それ一つ。今この時、この世界に降り立とうとしている誰かが、世界に出迎えられているのだ。自分としては、喜ばしいことだと思う。……と、言うよりは。喜ばしいことだと、自分に言い聞かせていたい。
世界は新たなる仲間のことを一切口外しない。男なのか女なのか、そもそも人間なのかも。いや、生命を持つものなのかすらも口にしようとはしない。過去に頼み込んだことはあったが、聞き入れてもらえることはなかった。どんな話も真っ直ぐ受け入れ、どんな頼みも概ね対応するあの世界が、だ。それはつまり、世界の規律としてタブーであるから、と推測される。実際のところはわからない。ともあれ、世界に吹き込む風を告げる便りであることは確かだ。
……深く息をする。どうにも、落ち着かない。
世界が徐々に沈みゆくくらがりから、どうにか抜け出せないか。そう画策する身としては、希望を持ちたい案件ではある。その意識が、その望みが、焦りへと駆り立てているのかもしれない。
……もう一度深く息を吸い、長々と吐き出した。
「あれ? カヅキ、疲れてるのか? ため息なんかして」
不意に耳に飛び込んできた声に目を見開いた。……戻ってきていたのか。思考の淵に沈むと、どうにも周囲に気を回せない節がある。気をつけなければ、そう思っても、気をつけられることならとうの昔に直せている癖ではあるが。
「いや。考えごとをしてたらちょっと、な」
「そうか。あんまりむりをしたらいけないんだぞ!」
気の抜ける返答に思わず破顔した。……世界は、こんなにもやさしいのだ。この世界が、ほんの少しでも救われるよう。……手を握りしめた。
「チオ」
「なんだ?」
「少し、歩いてくるよ。新たな仲間を一目見ておきたい」
「わかった。じゃあ、なるべく早く帰ってくるんだぞ!」