つゆときえにし
長い夢を見ていた気がする。それはひどく、ひどく疲れを伴う夢だった。いつから寝てしまっていたのだろうか、それすら曖昧でひとつ、苦笑。
頭の皮膚病がじりじりと熱い。足も悲鳴を上げるように痛みを訴えている。いい加減、自分も限界なんだろうか。だから死にゆく夢など見たのだろうか。
まったく、縁起が悪いもので困りますねえ。
そうひとりごちて庵をゆるゆると出ると、
「こ、れは。……一体、どうしたことですかね」
そこは、あまり現実には見えないようだった。
見慣れた景色はどこにも見当たらず、それどころか欠片も面影がない。広がる光景はまるでこの世をはさみで切り取ったかのようにつぎはぎだ。飛び石で繋がる庵や館は、かつて自分が目にしてきた建物に相違ない。一部は見覚えのない城なども見えるが、その立派な構えは相応の主がいることだろう。
記憶にある見覚えのない景色に目移りしていると、癖のついた金色の短い髪が目についた。
「カンロ! ようやっと目覚めたようじゃのう、心配したんじゃぞ?」
あっけにとられているこちらをよそに、その人物はぱたぱたと小走り気味に近付いてきた。“彼”はこちらの顔を覗きこんで、にこ、と笑うと、目をぱちぱちと瞬かせた。明るい声色にわざとらしい口調、……ああ、随分と長い間聞かなかった声だ。
「これは、……たまげた。ヒノコ様ですか」
「やれやれ、寝ぼけとるのう。わしがヒノコ以外の誰に見えるんじゃ?」
言いながら頬を指でつままれた。……痛い。頬をつねって痛みが伴わないのは夢だ、という使い古された言葉が脳裏をよぎる。じんわりと痛みがとどまる頬を少し撫でた。
どうやら現実、らしい。……本当だろうか。夢の中も鈍い痛みを抱えていたような、気がするのだ。
「あー……、いえ。夢を、ね。見ていたものですから。……ちょっと、生々しい夢だったもので」
「死ぬ夢、とかじゃろ」
「……よくお分かりで」
ぴたりと言い当てたヒノコ様は、にーっといたずらっぽく笑って口元に人差し指を寄せた。ああ、そのよく笑うところも、なにひとつ変わらない。変に懐かしさがこみ上げ、ため息が出た。
「わしも一度、おなじ夢を見たからのう。遺した者に申し訳なくて、落ち込んだもんじゃ」
眉尻を下げてそうこぼす眼前の人物を見ていて、ふと、“彼”が亡くなった時のことを思い出した。
つゆとおち、つゆときえにしわがみかな。
そこまでなぞって、また、苦笑いをひとつ。――……ああ、なるほど。
「なにわのこともゆめのまたゆめ、と。そういうことですかねえ」
そうなんですか、ヒノコ様。
自分の苦笑を見て、なつかしきあるじはあの頃とちっとも変わらぬ笑顔で返した。
裏の裏は表なのだから、夢のまた夢は現実なのだろう。どうやら。そしてこの妙な浮遊感は、夢のまた夢だからなのだろう。ただ、未だ目に見える景色は現実離れしていて、どうにも信じがたい。
これを、これから出くわすことを、受け止めるのにどれだけかかるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、飛び石をなぞるようにして庵を離れた。